どうしても比べてしまうなら
結局は扱い方だよねと思った話
6月28日に投稿した、こちらの内容からです。
「人と比べる」という言葉に、なんだかよくないイメージがあるけど。
比べるって、必ずしも良くないことだけではないよなあと思って、メリットとデメリットを考えてみました。
比べると、自分のことがわかる→メリット
比べると、しんどくなる→デメリット
うん、なんとなくこんな感じかな?
はて、なにやら違和感。
「わかる」はただの事実。「しんどくなる」はわかったあとの感情。
てことは、やっぱり比べること自体は問題ではなさそう。
しんどくなる、なぜに?
劣等感か。
いや、優越感が湧くこともあるよね。
ありがたさを感じる、なら、健康的な気がするけど、優越感というと、劣等感の裏返しのような気もする。
好き嫌いも「わかる」と関係ありそう。
そもそもの好き嫌いはわかっていても、何がどう好きなのか、嫌いなのか、
比べてはじめて明確に認識できる気もする。
平成29年、長男猫コロン・次男猫ルナが6歳の頃、
末っ子猫ひなたが我が家に現れました。
天然キャラで可愛い可愛いと言われて育ったルナは、突然その座を奪われ。
その後、何年にもわたり、嫉妬心に苦しむことになりました。
誰が一番も二番も、上も下もないのにね。
ここまでの話はなんとなく、そうなんだろうなと思えます。
理解もできるし、腑に落ちるところもある。
ただ、人間界というのは厄介なもので、数字というもので「比べる」をやってしまうんですよね。
そうすると、一番も二番も上も下もない、というところから離れることが難しくなる。近年では、運動会の徒競走すら順位をつけないとか聞いたような。
そのくらい、数字というのは上下を明確にしてしまう。
はい、では本題です(遅!)
いいねとか、フォロワー数とか、私は気にしません。気にしていません。
でも、比べてしまうことがあります。
それは、誰もかれもに対してではなくて、すごいたくさんファンがいるインフルエンサーでもなくて。
共に学んだ方、とても仲良くさせていただいている方に対してなのです。
本題に入るまでのあれこれは十分わかっています。でも、数字の差は明らか。
お互いにタイプが違うのもわかっています。
私は狭く深く、かなりマニアックな層に届くタイプ。
比べる相手は広く大きく、華やかに届くタイプ。
「1」という数字自体、同じに見えて実は全く違う、でも同じに見える。
そうか!問題解決のカギはここにある。
そこで思い出したのが、ロールプレイングゲーム。
(注意。しょうもない必殺技です。)
ゲームの中って、あまり「円」とか「ドル」って使われないですよね。
ドラクエなら「ゴールド」、FFなら「ギル」。日本円に換算することができません。
ならば!
私の「1いいね」と相手の「1いいね」に、
勝手にわかりやすい単位を生み出せばいいのだ!!
(ほんとにしょうもなくてすみません)
ということで、さっそくGeminiさんに相談し、あーでもないこーでもないと議論を重ねた結果、
「パッと燃え上がる熱量」や「情熱」「周囲を照らす力」を表す、温かみと推進力のある響き=太陽の表面で起きる爆発(太陽フレア)から【フレア】←相手
「静かに暗闇を照らす光」や「内省の深さ」「涙が出るほど美しい感性」を表す、澄んだ透明感のある響き=フランス語の「月(Lune)」から【ルネ】←私
という単位にすり替えることに。
、、、心の中で。
という、ほんとにしょうもない話でしたが。これが案外、私の中でものすごくしっくりきたようで。だって、これで数字の持つ大きさ重さがまったく比べられなくなったのですから。
きっと多くの人は、こんなヘンテコな単位を作らずとも、数字の大きさ重さが違うことくらい理解できているんでしょうね。
いやいや、どうしても数字で比べちゃうんだよね、という方には何かの参考に。なるのか。どうか。どうなのか。







