他人の感情や体感をコピーしていた
音声配信stand.fmが、現在の主たる発信の場になっています。
先日、仲良くさせていただいている方のライブにコメントでお邪魔したのですが、その際、彼女がとあるコメントに対して結構な動揺をされた場面がありました。
そしてその瞬間、彼女の体感が、私の中にどっと流れ込んできたのです。
というか、いつだってそうなんです。他人の気持ちを思いやるって、つまり、世の人々も当然こういう感覚になるものなんだと、ずっと思ってきました。
体の痛みや心地よさ、心の痛みや心地よさ。
それを自分の体や心に入れて、、、いや、入るのが普通だとばかり。
最近になって、繊細な気質を持つ方に向けての発信の中で聞いた言葉がありました。
「人の気を受けやすい敏感体質さんは、他人の感情を自分にコピーしてしまって、あたかもそれが自分の感情であるかのように受け取ってしまう」
ところがこれを聞いたとき、え?すごいな、そんなことあるんだ~!!
と、まるで他人事のように感じたのです。だって、言葉だけ見たら、相当な特殊能力ですよね、それって。ひと昔前なら『超能力』扱いにでもされそうな。
ただ、明らかになにか、人間関係のゴタゴタ、モヤモヤの中に、この現象が関与しているということに気づきはじめ。とはいえ、あまりにもノーマルにこれをやっていたようで、じゃあどうすればいいんだ?と、答えが見つからないまま過ごしてきました。
ところが、最初に書いた、このライブ中の出来事。彼女の動揺が一気に体の中に流れ込んだのがわかりました。確かに、言葉や話し方にも、動揺を感じられたのですが、体感としてのそれです。似たようなことが自分に起きたときに、体に起きるであろう感覚を、です。
他人の感覚を自分にコピーした!それをはじめてはっきり自覚しました。
「自分のものじゃない感覚・感情は、適切に切り離さないと、自分が混乱したり疲れてしまったり、不要な悩みを持ち続けてしまったりする」
これまた、頭では理解できても、じゃあどうやってそうするの?と思ってきたのですが、どうやら、自覚さえしてしまえば、ちゃんと処置することができるのだということも、この時ようやく理解できました。
彼女になにか、声をかけなきゃ。不快感を取り除くまではいかなくても、なにか寄り添ってあげなきゃ。という、これまで人や状況は違えど、さんざんそうやって、求められもしないのに助けに入ろうとする、そして事故るを繰り返してきた。
「あ、これは私の感情じゃない。私の体感じゃない」
そう思えた瞬間、どうにかしないと!が、はらりと落ちて、自分が自分に戻ってこれた感覚になりました。
で、実は同じ日に、全然別の状況でもこの瞬間があり、ものすごい激流のような体感を「これは私のじゃない」で、切り離すことができました。
理解する、実体験をする、腑に落とす、復習する。
こうして自分の身を守っていけばいいのかと思うと同時に、そもそもこんな体質じゃない方は、随分と生きやすいんだろうなと。いや、簡単に生きていますね、みたいな意味じゃなくてね。
そうそう、ドラマや映画なんかを、ほとんど観ないんです。疲れるから。
そりゃそうだなと、今、思いました。相当疲れるんですもん、だって。登場人物の数だけ体感しちゃんうだから。
いわゆるエンパスだとかHSPだとかの部類になるのだとは思うんですが、まあ、名称はなんだっていいんです。ただ、自分がこういう性質なんだということさえわかれば。そして、適切に扱うことさえできれば。(この『適切』がまた難しいので、まだまだ勉強中です)





他人の感情や体感をコピーしてしまうという話、繊細な気質側の自己観察として読ませてもらいました。普段はSNS運用を時短させるツールを個人で作って配布してるタイプで、こういう柔らかい発信もちゃんと読んでます🥺フォローさせてもらいましたので、フォロー返していただけたら嬉しいです。