作詞活動と場面緘黙症
近ごろは、絵を描く活動が停滞していて、その代わりに、作詞という新たな自己表現に熱を上げています。
メロディと歌声はSUNOにお任せしていて。といっても、どんな曲にするかの指定をしたり、出来上がってきた候補の中から最終決定したり、といったことは自分でするのですが。
今年の1月後半から作ってきた曲は25曲。そのうち7曲目までがSpotifyなどで視聴できるようになりました。せっかくなので、その旨をインスタのストーリーズに投稿。
すると、19日にスタンドエフエムでコラボライブをさせていただく女性からDMが届きました。投稿した7曲目『かんもくに燈(ひ)』という曲は、場面緘黙症を経て大人になった自分の思いを込めた曲。そして、そのコラボライブのテーマがまさに、場面緘黙症を経験した私たち、といった内容なので、より心に響いたようです。
その女性から、コラボライブのときにBGMとして曲を流しましょうかという提案があったので、それならば、同じく場面緘黙症からの今をベースにした他の3曲も聴いていただいた上で、使用曲を選んでいただけませんかとお願いしました。
曲を紹介するにあたり、せっかくなので自分でもそれらの歌詞をじっくり眺めつつ聴き返してみました。自分の中から溢れ出た言葉たちが、音にのせて耳に入ってくる。私と同様に、この独特な経験をされた方がこの曲を聴いてくださる。そう思うと急に胸がじわっと熱くなりました。
曲を聴くことで、良くも悪くも傷口に触れることになると思うのです。そして痛むか癒えるか、それは聴いた方次第だし、もし痛んだとしても、いつか癒えるための痛みになるだろうと思うと、どこかやはり、祈りのような思いが湧き上がってきました。この曲たちを作って良かった、あらためて思った瞬間でした。
ちなみに、5月は「場面緘黙症啓発月間」というものだそうです。
そして、いまさらですが【場面緘黙症とは、、、】
家庭ではごく普通に話すことができるのに、幼稚園・保育園や学校などの社会的な場面では声を出したり話したりできない状態が続くことを場面緘黙といいます。話せない場面はさまざまですが、発話のパターンには一定の傾向があり、「場所」「そこにいる人」「活動内容」という3つの要素によって左右されます。小児期に多い不安症の一つであり、「自分が話す様子を人に聞かれたり見られたりすることへの怖れ」という社交不安を伴うことが多いです。
本人の意思で「話さない」のではなく、「話したくても話せない」状態であることが重要なポイントです。かつては「成長すれば自然に治る」と考えられていましたが、適切な支援がないまま学校生活を送ると、長期的なストレスからうつ的な症状や不登校などの二次的な問題につながることがあります。また、海外の報告では、発話が可能になった後も成人期に社会不安症などの不安症状が残る例が少なくなく、早期の支援が重要であることが指摘されています。
[かんもくネットより引用]
私自身は、小学1年生から大学3年生までの15年間、この症状に苦しんでいました。
今は普通に話せますし、スタンドエフエムではひとりライブも、コメントが盛り上がれば延々2時間喋りっぱなしなんてこともあります。
ただ、本来の性質も影響していたりもするので、名残りのようなものが発動することも、なくはない。といった感じです。
また機会があれば、そんなお話もしてみたいと思います。



